松岡悦子(奈良女子大学名誉教授)、曽ケイエ(奈良女子大学アジア・ジェンダー文化学研究センター特任助教)、
神谷摂子(愛知県立大学看護学部)、中村由美子(開業助産師)、李文文(産前産後ケアホテル ぶどうの木 京都院代表)
2022年1月14日
■研究目的
現代日本における産後ケアのニーズを明らかにし、ニーズに応えられる産後ケア施設及びケアの中身を検討する。
■研究の背景と目的
現在、日本では産後ケアの必要性が認識されるようになっているものの、行政の対応は産後うつなどの問題を抱えた女性に対してのみ図られている。 本研究は、一般の女性がそれぞれの家族関係、職業、ライフスタイルに応じて産後ケアを選べるようにするための材料を提供する。 本研究では、現在日本で手に入る産後ケアだけでなく、東アジアや他の文化の産後ケアをも伝えることで女性達の視野を広げ、 これまでとは異なる産後ケアのあり方を構想してもらうことを目指している。そうすることで、今後日本で可能な産後ケアの将来像を提供し、 新たな産後ケアビジネスや雇用を創出することができるものと考える。
■研究内容と方法
現在育児を行っている女性(末子が4歳未満)を対象に、産後の経験と問題点、 それを解消するための手立てについて、質問紙及び聞き取り調査を実施する。 その際に、現代の日本で手に入る産後ケアの中身に限定されることなく、 韓国、台湾、中国などの産後養生文化が発達している東アジアを参考に、将来の日本において提供可能な産後ケアを構想する。 都市部に居住する高学歴女性を対象に、オンラインで質問紙調査を実施する。 次に、その中の20名程度の女性達にグループ・ディスカッションを実施し、より詳細なニーズを把握する。
■研究結果
【質問紙調査】については、グーグルフォームを用いてアンケートを作成し、ネット上で答えてもらった。 回答者は、知人を介して末子が4歳未満の女性を増やしていく雪だるま方式をとり、合計131名の回答を得た。 アンケートの回答者の属性をはじめとする概要については、 別紙のパワーポイントにまとめたので参照していただきたい(別紙参照)。
- 回答者の特徴:回答者の学歴は4年制大学卒業以上が78%と高学歴者が多く、世帯の年収においても700万円以上が72%を占め、70%以上が職業を持ち、主婦は27.5%であった。
- 産後の主な支援者:最も多いのが実母(81%)で、次いで夫(62%)で、親族以外のプロの支援を頼んだのは全体のわずか6%であった。年齢別では、40歳代の人がプロの家事支援を頼む割合が高かった。自宅・助産所で産んだ人は、夫の支援が他の出産場所の人より多かった。
- 次に産むときに、産後に重視したいこと:全体の89%が1.自分の身体を挙げ、2.母子のつながり、3.食事と答えたが、出産場所別で見た時には、自宅・助産所で産んだ人は、4.パートナーとの関係 5.母乳育児が他よりも多かった。
- 産後ケア施設で最も評価するのは:1.家事をせずに休息できること2.家族で入所できること3.栄養のある母乳に良い食事の順であった。自宅・助産所で産んだ人たちは、4.心身のリラックスのためのサービス の割合が高く、専門家による母子の体調管理を選んだのは0%だった(他の場所で出産した人たちは、40%以上が専門家による母子の体調管理を選んでいた)
- 里帰り分娩:里帰りをしたのは、131名中40%(複数回答あり)、自宅に実母や姑が来てくれたのは44%であり、家族の助けを得ている人が半数近くいた。
- 滞在型の産後ケア施設に1週間入院した場合:自費でいくらなら支払うかを聞くと、5万円未満が44%と最も多く、5~10万円が34%、10~20万円が18%、20~30万円が5%だった。1週間の滞在には10万円以下を希望する人が78%であり、3週間の滞在となれば30万円以下となる。しかし、家族で入所したいとする意見が多いことを考えると、収入が大きな課題になると言えよう。
- その費用を誰が出す予定なのかについて:自分の収入19%、夫婦の収入59%、祖父母8.4%であり、8割近くの人は夫婦のみで支払うことを考えていた。
- 産後ケア施設を利用したいかに対して:ぜひ利用したい33%、条件が合えば57%、 利用したくない3.8%、 家に来てくれるほうがよい14% であり、条件については、費用が手頃であること、家から近いこと、上の子の世話を解決できるなら、ということであった。90%の人たちは、条件が合えば産後ケア施設に入所したいと答えている。
- 市町村で提供されている宿泊型の産後ケアについて:利用したのは12%(16人)、利用しなかったのは87%で、利用した人のうち38%が満足したと答えた。市町村の産後ケアを利用したのは8人に1人であり、その中でも満足した割合は3分のⅠであるとするなら、市町村の産後ケアについては改善すべき点が多いと言えよう。
- 産後ケア施設が日本にあったらよいと思うか:あったらよい 90%、 必要ない・日本に合わない 9%であった。
- 自由記述について:日本では、産後は女性が一人で乗り切るものと見なされて、支援が少ないとする意見が多かった。また、現在の産後ケアサービスは問題を抱えた人にのみ提供されていて気軽に利用できず、広く情報が知らされていないという指摘もあった。
■インタビュー調査
アンケート調査の中で、インタビューに答えてもよいと記載してくれた人の中から20名を選び、 5回に分けてズームを利用したグループ・インタビューを行った。 コロナの情況がなければ実際に対面で行う予定であったが、かなわなかった。 インタビューの日程は以下の通りである。①10月9日、②10月20日、③10月24日、④10月26日、⑤11月9日 インタビューに際して、あらかじめ設定しておいた質問は以下のものであった。
- 産後の経験
- 産前に、産後の経験を想定したかどうか、産前の情報収集の方法
- 授乳について
- 食事について(施設での食事への要望および退院後の食事の宅配の要望があるかどうか)
- 心理ケアの必要性について
- 父親への教育、および産後の家族関係の変化についての学習
- 骨盤矯正や体のケアについての必要性
- 母親のコミュニティの必要性
- その他
インタビュー協力者のほとんどは、産前には産後のことを想定しておらず、現実の育児の大変さは予想できなかったと述べた。 ただ、中には高齢で体力に自信がないと考えて妊娠中から情報を集め、産後ケア施設を利用した人もいた。 産後には、育児をめぐって夫との役割や責任の度合いの違いを感じた人が多かった。 協力者たちは、出産で身体がボロボロになったように感じ、授乳の大変さを挙げ、精神的に辛かったと述べた。 とくに授乳は赤ん坊の健康に直結しているので、授乳の苦労が産後の悩みの大きな部分を占めていた。 また、夫との関係については、家事・育児分担を妊娠中から決めていた人もいれば、 夫には期待しても仕方がないとあきらめている人もおり、夫に対する事前の教育の必要性が挙げられた。 産後ケア施設については、台湾での出産経験がある人や中国出身の人たちは、日本の産後ケアの貧しさについて述べた。 また協力者の多くが日本では女性が我慢することを当然と考え、女性が自分の身体や心のケアにお金を使うことをよしとしない風潮があることを指摘した。
■結論
今回の質問紙調査では、産後ケア施設が必要だと答えた人が90%を占めていたことから、産後ケアへのニーズがあると言えよう。 だが、産後ケア施設に1週間滞在するとした場合に支払う用意がある金額は、現実の産後ケア施設の維持にかかる金額と大きな差があることから、公的な補助が必要となるだろう。 韓国や台湾の産後ケア施設では提供するサービスと支払う費用に幅広い段階が設けられているので一概には言えないが、1週間あたり10~20万円は必要であることから、日本で普及するには金額が一つの大きな課題になるだろう。
また日本の場合、約4割の人は産後ケアを親に頼っている(里帰り分娩40%、自宅にどちらかの親が手伝いに来る43%)。 産後に最も手伝ってくれた人として、実母を挙げた人は80%、夫を挙げた人は60%で、プロや他人を利用した人は約6%にとどまる。 文化人類学の研究では、どの文化でも産後は最も女性が助けを必要とする時期であり、誰の助けも借りずに産後を過ごすことはあり得ないとすれば、 産後のケアを誰がどのように担当するかは、今後のマタニティケアの課題になろう。 高齢の親のケアに頼れない人や、夫のいない人も存在するからであり、公的な支援はごく少数の問題を表明した人のみを対象としているからだ。
今回、質問紙の中に台湾の産後ケア施設の動画を挿入して、多様な産後ケアのイメージをもってもらうようにした。 その結果、日本が産後ケアにおいて立ち遅れていること、現状とは異なる産後の過ごし方があることを知った人は多かった。 産後ケアの商業化は経済的格差をさらに助長する難点があるので、民間の産後ケア施設に関しても公的に支援する方法を考えなければならないだろう。 現在産後ケア施設として頼りにされている開業助産所を、産後だけでなく妊娠中から出産、産後までの一貫した切れ目ないケアの担い手として拡充することや、 民間の産後ケア施設の利用者への補助、家族で入所できる小規模施設を身近な場所に作ること、そして何よりも女性をケアの中心に据えた発想が必要になるだろう。
今回のアンケート協力者は高学歴、高収入、都市部居住の人が多かったため、ここから日本全体の動向を論じることはできないが、 女性達の間には産後ケアのニーズが高いことがわかった。また、今後高齢出産が増えるにつれて、産後ケアの必要性は一層高まることが予想される。 その際、女性達が挙げた産後ケア施設の条件として費用が手ごろなこと、 上の子の世話もできることを考慮に入れると、身近な場所で産後ケアがなされることが大切である。 そして産後だけでなく、妊娠中から出産、授乳を中心とする育児までを見通すことのできるプロフェッショナル(たとえば助産師)が、 細切れにではなく継続的に一人の女性と関わるような仕組みを構築することが良いと思われる。
(文章 松岡悦子)